八村塁の父親はベナン出身のザカリ・ジャビル!現在の職業・国籍や身長も解説

NBAで日本人選手の歴史を切り開いてきた八村塁選手。2026年7月にはロサンゼルス・クリッパーズと2年契約を結び、新しいチームで再出発することが決まりました。NBA公式サイト

そんな八村塁選手については、世界で通用する体格や身体能力から「父親はどこの国の人?」「父親もバスケットボール選手だった?」「現在は何の仕事をしているの?」と気になる人が多いようです。

八村塁選手の父親は、西アフリカのベナン共和国出身のザカリ・ジャビルさんです。ただし、現在の職業や年齢、身長などは公表されていません。この記事では、父親の国籍や出身地、過去に報じられた仕事、八村塁選手との関係、母親や弟・妹を含む家族構成まで詳しく解説していきます。

八村塁の父親はベナン出身のザカリ・ジャビル

八村塁選手の父親は、ザカリ・ジャビルさんというベナン出身の男性です。八村塁選手は、ベナン人の父親と日本人の母親の間に生まれ、富山県富山市で育ちました。

外務省も、八村塁選手について「ベナン出身の父を持つ」と紹介しています。2019年の日・ベナン首脳会談では、八村塁選手の活躍によって日本国内におけるベナンの知名度が高まったことまで話題になりました。外務省

父親のプロフィール

項目内容補足
名前ザカリ・ジャビル英語表記はZakari Jabil
出身地ベナン共和国西アフリカに位置する国
国籍ベナン複数の公式・報道資料でベナン人と紹介
生年月日非公表年齢も確認できず
身長非公表正確な数値は確認できず
学歴カイロ大学への留学経験が報じられている近隣住民の証言による情報
言語日本語やフランス語など7か国語を話すと報道本人の公式プロフィールはなし
過去の仕事北陸新幹線の工事、飲食店経営などの情報あり現在の職業は非公表
子供八村塁、八村阿蓮、娘2人長男が八村塁
現在詳しい生活や職業は非公表公の場への登場は限定的

ザカリ・ジャビルさんは芸能人やスポーツ選手ではなく、基本的には一般人です。そのため、八村塁選手がNBA選手として有名になった後も、詳しいプロフィールはほとんど公表されていません。

父親の名前やベナン出身であることは複数の媒体で確認できますが、生年月日、年齢、正確な身長、現在の居住地などは分かっていません。

父親の国籍と出身国はベナン共和国

八村塁選手の父親の国籍は、ベナンと紹介されています。ベナン共和国は西アフリカに位置し、南側はギニア湾に面しています。かつてフランスの統治下にあったため、現在もフランス語が公用語です。

八村塁選手自身も、父親について「西アフリカのベナン共和国出身」と語っています。父親の出身地については噂ではなく、本人の発言や外務省などの公的資料でも確認できる情報です。Olympics.com

八村塁選手は日本で生まれ育った日本人選手ですが、父親を通じてベナンにもルーツがあります。本人はアフリカと日本の両方に誇りを持っていると語っており、どちらか一方だけでは八村塁選手の人物像を語れません。

父親の身長は公表されていない

八村塁選手の父親の身長は、2026年8月現在も公表されていません。

ネット上では、八村塁選手と並んだ写真から「170cm台後半ではないか」「180cm前後ではないか」と推測する記事もあります。しかし、写真は立ち位置や靴、撮影角度によって見え方が変わるため、正確な身長を判断する材料にはなりません。

八村塁選手は203cmという恵まれた体格を持っています。MBS『情熱大陸』では、ベナン人の父親と日本人の母親を持ち、中学3年生の時点で身長が190cmを超えていたと紹介されました。

八村塁選手は、父親から恵まれた体を受け継いだという趣旨の発言もしています。ただし、父親の身長や体格だけが八村塁選手の成長を決めたとまではいえません。幼少期から野球や陸上に取り組んだ経験、食事、練習環境など、さまざまな要素が現在の体づくりにつながったのでしょう。

八村塁の父親は現在何をしている?職業を調査

八村塁選手の父親が2026年現在、どのような仕事をしているのかは公表されていません。父親本人による公式サイトやSNSも確認できず、八村塁選手も父親の現在の職業を詳しく紹介していません。

過去の仕事として北陸新幹線の建設工事や飲食店経営に関する情報がありますが、どこまで確認できるのかを分けて見る必要があります。

2026年現在の職業は公表されていない

結論からいうと、ザカリ・ジャビルさんの現在の職業は不明です。

ネット上には「現在も富山県内で居酒屋を経営している」と書かれた記事がありますが、店名、運営会社、本人の発言など、現在も営業していることを裏づける確かな情報は確認できません。

かつて経営していた飲食店はすでに閉店したという情報もあり、少なくとも「2026年現在も居酒屋経営者」と断定できる状態ではありません。古い記事の情報が、そのまま現在の職業として広がっている面があるようです。

父親の仕事が検索される背景には、八村塁選手が世界的なNBA選手になったことがあるのでしょう。ただ、確認できる情報は過去の仕事に限られ、現在については「非公表」という回答が最も正確です。

北陸新幹線の建設工事に携わったと報じられた

ザカリ・ジャビルさんは、来日後に北陸新幹線の建設工事に携わっていたと報じられています。

八村塁選手が育った富山県では、北陸新幹線の長野・金沢間が2015年に開業しました。父親が工事に関わった時期や詳しい業務内容は公表されていませんが、日本で生活基盤を築く過程で建設関係の仕事を経験したと紹介されています。

一方、父親が鉄道会社の正社員だったという情報は確認できません。「北陸新幹線の工事に携わった」という話から、JRや建設会社の社員だったと広げて書くことはできません。

居酒屋や飲食店を経営していたという情報もある

ザカリ・ジャビルさんの職業について、最も広く知られているのが「富山県内で居酒屋を経営していた」という情報です。

一部の記事では、父親が経営していた店に、富山グラウジーズでプレーしたバスケットボール選手が訪れていたとも紹介されています。しかし、父親本人や八村塁選手が店名や営業時期を公表した記録は見つかっていません。

そのため、飲食店を経営していた可能性はあるものの、現在の職業として扱うのは適切ではありません。「以前に居酒屋や飲食店を営んでいたと伝えられているが、詳細は確認できない」とするのがよいでしょう。

元バスケットボール選手という情報は確認できる?

ザカリ・ジャビルさんについては、「元バスケットボール選手」「セミプロとしてプレーしていた」という情報もネット上で見られます。

ただし、所属チーム、活動したリーグ、競技成績などの具体的な記録は確認できません。本人や競技団体が公表した情報も見つからないため、元プロ選手だったと断定することはできない状態です。

八村塁選手がバスケットボールを始めたのは、富山市立奥田中学校に入学してからです。父親に幼少期から英才教育を受けたのではなく、同級生から繰り返し誘われたことが入部のきっかけでした。

父親が元選手だったという説だけで、八村塁選手がNBAへ進んだ理由を説明するのは難しいでしょう。中学校の仲間や坂本穣治コーチ、明成高校、ゴンザガ大学など、多くの出会いを経て実力を伸ばした選手です。

八村塁の父親は高学歴?7か国語を話せるとの報道

ザカリ・ジャビルさんは、奨学金を得てエジプトのカイロ大学に留学した経験があり、日本語やフランス語など7か国語を話せると報じられています。

ただし、これらは八村家と親しかった近隣住民の証言として紹介された情報です。父親本人が学歴や使用できる言語をまとめた公式プロフィールはありません。

奨学金でカイロ大学へ留学したと報じられた

2019年の報道では、八村家を知る住民が、ザカリ・ジャビルさんについて「奨学金でカイロ大学に留学した」と証言しています。琉球新報

カイロ大学はエジプトの首都カイロにある国立大学です。ベナンからエジプトへ渡って学び、さらに日本で生活を始めたのだとすれば、父親にも国境を越えて新しい環境へ飛び込む行動力があったことがうかがえます。

八村塁選手は高校卒業後、英語力の壁を抱えながらアメリカのゴンザガ大学へ進みました。父親とまったく同じ道ではありませんが、海外で学ぶことを恐れない姿勢には、家族の経験も少なからず影響していたのかもしれません。

日本語やフランス語など7か国語を話す?

同じ住民の証言では、ザカリ・ジャビルさんはフランス語や日本語を含む7か国語を話せると紹介されています。

ベナンの公用語はフランス語です。さらに、ベナン国内ではフォン語やヨルバ語など複数の言語が使われています。留学先のエジプトや移住先の日本でも言葉を学んだとすれば、複数の言語を身につけていても不思議ではありません。

八村塁選手は父親について、日本で黒人として生活することには苦労もあったと思うが、人当たりがよく、周囲と意思を通わせられる人物だったと語っています。PEOPLE

単に語学が得意だっただけでなく、異なる文化の中で人間関係を築く力を持っていたのでしょう。テレビで多くを語る父親ではありませんが、この話からは明るく社交的な人柄が見えてきます。

八村塁と父親の関係は?両親の離婚後も交流

八村塁選手の両親は、八村塁選手が中学1年生だった頃に離婚したと報じられています。

ただし、両親の離婚によって父親との交流がなくなったわけではありません。母親の麻紀子さんは、離婚後も八村塁選手が父親と普通に会っていたと明かしています。

中学1年生の頃に父親と母親が離婚

デイリー新潮によると、八村塁選手の両親が離婚したのは、八村塁選手が中学1年生だった頃です。

離婚の理由については公表されていません。国籍や文化の違いが原因だったとする根拠もないため、理由を推測で決めることはできません。

八村塁選手は2025年、自身の幼少期について「ずっとひとり親」「母子家庭でずっといた」と語りました。ひとり親家庭の子供たちをバスケットボールキャンプに招いた際、自分自身の背景として紹介しています。TBS NEWS DIG

本人が母子家庭で育ったと明かしたことで、両親が離婚していたことは改めて確認できます。一方で、それは父親が子育てに関わらなかったという意味ではありません。

離婚後も父親とは普通に会っていた

母親の麻紀子さんは過去の取材で、離婚後も八村塁選手が父親と普通に会っていたため、自分だけで育てたわけではないと話しています。

両親が同居しなくなった後も、父親との親子関係は続いていました。八村塁選手が高校で全国優勝を果たした際にも父親が姿を見せ、家族で記念写真を撮ったと報じられています。

2019年のNBAドラフト会議には父親と母親がそろって出席しました。八村塁選手はワシントン・ウィザーズから全体9位で指名されると、母親と抱き合った後、父親とも抱擁を交わしています。

両親の離婚だけを見れば複雑な家庭だったように感じるかもしれません。しかし、その後の交流を見ると、家族の形が変わってからも父親と息子の関係は保たれていたことが分かります。

八村塁は父親から恵まれた体を受け継いだと発言

八村塁選手は2019年、自身の長所について、父親から恵まれた体を、母親から努力を続ける勤勉さを受け継いだという趣旨の発言をしています。PEOPLE

203cmの身長やNBA選手を相手に当たり負けしない体格は、八村塁選手の大きな武器です。本人も身体面では父親の影響を感じているのでしょう。

ただし、八村塁選手の強さは身体能力だけではありません。高校時代にはアメリカの大学進学を目指し、朝や昼休みも使って英語を勉強していました。父親から受け継いだ体と、母親から受け継いだという粘り強さの両方が、NBAへの道を支えたといえます。

父親の母国ベナンは八村塁の大切なルーツ

八村塁選手は、父親の母国であるベナンを自分の大切なルーツとして受け止めています。アメリカのメディアに対しても、自分がアフリカと日本の両方にルーツを持つことを誇りに思っていると語ってきました。

父親がベナン出身という事実は、八村塁選手の外見や身体能力を説明するだけの情報ではありません。八村塁選手が自分自身をどのように捉え、何を背負って世界で戦っているのかを知るうえでも重要です。

7歳の頃にベナンを訪問

八村塁選手は7歳の頃、父親の母国であるベナンを訪れた経験があります。Andscape

日本で育った八村塁選手にとって、ベナンへの訪問は自分のもう一つのルーツを知る機会になったのでしょう。後に八村塁選手は、自分がアフリカと日本の両方につながっていることは珍しく、そのことをうれしく思っていると話しています。

2019年のNBAドラフトで着用したスーツの裏地にも、日本とベナンを表すデザインが取り入れられていました。NBA入りという大切な場面で、父親と母親の双方のルーツを示したのです。

父親の生き方から学んだこと

八村塁選手は、父親が日本で暮らすなかで苦労したことにも触れています。日本で黒人として生活することには難しさがあったものの、父親は親しみやすく、周囲の人と交流できる人物だったと振り返りました。

八村塁選手自身も、幼少期には肌の色によって自分を違う存在として見られた経験があったと語っています。それでも、自分のルーツを否定するのではなく、日本人であり、アフリカにもつながる自分を前向きに受け入れてきました。

異なる文化の中で人とのつながりを築いた父親の姿は、八村塁選手が世界へ踏み出す際の一つの手本になったのかもしれません。

八村塁の母親・弟・妹を含む家族構成

八村塁選手は、父親、母親、弟1人、妹2人の6人家族で育ちました。両親は離婚していますが、父親を含む家族から継続的に応援を受けていたことを本人が語っています。

Olympics.comでも、ベナン人の父親と日本人の母親を持ち、弟1人と妹2人がいると紹介されています。

母親は日本人の麻紀子さん

母親の名前は八村麻紀子さんです。英語やフランス語に堪能で、語学教室を開いていたと報じられています。

八村塁選手がゴンザガ大学への進学を目指した際には、母親も勉強面で支えました。ただし、八村塁選手は幼少期から英語を話せたわけではありません。渡米前には大学進学に必要な英語力を身につけるため、相当な勉強を重ねています。

母親が語学を教える仕事をしていたことと、八村塁選手が簡単に英語を習得できたことは同じではありません。本人が積み重ねた努力があったことも見落とせない部分です。

弟の八村阿蓮もプロバスケットボール選手

弟は八村阿蓮選手です。1999年12月20日生まれで、兄と同じく明成高校から東海大学へ進み、プロバスケットボール選手になりました。

2026-27シーズンも神戸ストークスに所属しています。身長198cm、体重102kgのフォワードで、兄とは違う場所からプロの世界で歩みを続けています。B.LEAGUE公式サイト

八村塁選手は高校時代、後から同じバスケットボール部へ入ってきた阿蓮選手に厳しく接していたそうです。弟に対して妥協せず、成長を求める兄としての一面が見えるエピソードです。

妹は2人で安美菜もバスケットボール経験者

八村塁選手には妹が2人います。妹の1人である八村安美菜さんは、明星学園高校でバスケットボール部に所属し、全国大会にも出場しました。

もう1人の妹については、詳しいプロフィールが公表されていません。一般人であるため、氏名の表記や現在の活動については、確認できない情報を広げないほうがよいでしょう。

八村塁選手が高校最後の全国大会で優勝した際には、年下の妹を抱いて記念写真に写ったと報じられました。競技者としての厳しい姿だけでなく、弟や妹を気にかける長男としての顔も持っています。

八村塁のプロフィールと2026年現在

八村塁選手は、1998年2月8日に富山県で生まれました。富山市立奥田中学校でバスケットボールを始め、宮城県の明成高校へ進学。高校ではウインターカップ3連覇を達成しました。

高校卒業後はアメリカのゴンザガ大学へ進み、2019年のNBAドラフトでワシントン・ウィザーズから1巡目全体9位指名を受けました。日本人選手がNBAドラフト1巡目で指名されたのは史上初です。

項目内容補足
名前八村塁はちむら・るい
生年月日1998年2月8日2026年8月現在28歳
出身地富山県富山市日本生まれ・日本育ち
国籍日本日本代表として活動
身長203cmNBA公式では6フィート8インチ
体重約104kg登録時期によって変動
ポジションPF・SFフォワード
出身中学校富山市立奥田中学校中学からバスケを開始
出身高校明成高校現・仙台大学附属明成高校
出身大学ゴンザガ大学アメリカ・ワシントン州
NBA入り2019年ドラフト1巡目全体9位
現在の所属ロサンゼルス・クリッパーズ2026年7月に加入
家族父・母・弟・妹2人両親は離婚

2026年にはロサンゼルス・クリッパーズと2年総額2800万ドルの契約を結びました。また、日本バスケットボールを強くしたいという考えも語り、日本代表について「時期が合ったら絶対出る」と明言しています。テレビ朝日

さらに、2026年8月22日にはNBA入り後初となる富山での公式凱旋イベント「BLACK SAMURAI 富山 Homecoming」が予定されています。公式サイト

父親が日本で生活を始め、八村塁選手が育った富山へ戻って子供たちにバスケットボールを教えるという流れには、家族と故郷から受け取ったものを次の世代へ渡そうとする姿が表れています。

八村塁の父親に関するまとめ

  • 八村塁選手の父親はザカリ・ジャビルさん
  • 父親の出身地と国籍は西アフリカのベナン
  • 父親の生年月日、年齢、正確な身長は公表されていない
  • 2026年現在の職業も明らかになっていない
  • 過去には北陸新幹線の建設工事に携わったと報じられた
  • 富山県内で居酒屋や飲食店を営んでいたという情報もある
  • 元バスケットボール選手説はあるが、所属チームや競技成績は確認できない
  • 奨学金でカイロ大学へ留学した経験があると報じられている
  • 日本語やフランス語など7か国語を話せるとの証言がある
  • 両親は八村塁選手が中学1年生の頃に離婚した
  • 離婚後も八村塁選手と父親の交流は続いていた
  • 2019年のNBAドラフト会議には父親と母親がそろって出席した

八村塁選手の父親については、現在の職業や身長など分からない部分も残っています。それでも、ベナンから日本へ渡り、異なる文化の中で生活を築いた父親の存在は、八村塁選手の体格だけでなく、世界へ挑戦する姿勢や自分のルーツを誇る考え方にもつながっているように感じられます。

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