モナキ・おヨネの昔は眼鏡の短髪高校生!カラオケバトル出演|小中高・大学・会社員時代も解説

純烈の弟分として誕生した4人組歌謡コーラスグループ・モナキ。その中でも、黒髪のおかっぱヘアと黄色の衣装、表情豊かなパフォーマンスで強い印象を残しているのがおヨネさんです。

現在の個性的な姿を見て、「昔からおかっぱだったの?」「高校時代の写真はある?」「カラオケバトルに出ていたのは本当?」と気になった人も多いのではないでしょうか。

おヨネさんの昔は、現在とは大きく異なる眼鏡姿の短髪高校生でした。この記事では、昔の写真やテレビ出演、小学校・中学校・高校・大学、工場で働いていた会社員時代、モナキへ加入するまでの経歴を一つずつ詳しく見ていきます。

モナキ・おヨネの昔は眼鏡をかけた短髪の高校生

モナキ・おヨネさんの高校時代の姿は、2026年7月21日放送のテレビ東京系「あのちゃんの電電電波♪」で公開されました。

映像に登場したおヨネさんは、現在のような長いおかっぱではなく、髪を短く切った眼鏡姿の高校生です。見た目は大きく変化していますが、透き通るような高音には、現在につながる歌唱力がはっきりと表れていました。

昔の写真・映像は「あのちゃんの電電電波♪」で公開

「あのちゃんの電電電波♪」では、モナキのメンバーがあのちゃんと友達になれるかを確かめる「お友達面接」が行われました。トップバッターとして登場したおヨネさんの紹介中、2014年に出演した「THEカラオケ★バトル」の映像が公開されています。

当時のおヨネさんは高校2年生で、眼鏡をかけ、耳が出るほど短い髪型をしていました。島谷ひとみさんの「亜麻色の髪の乙女」を高い声で歌う姿に、番組キャラクターのササキは「どこがおヨネやねん!」と驚き、あのちゃんも映像をもう一度見たいと求めるほど反応しています。

現在のおかっぱ姿しか知らない人にとっては、同一人物だとすぐには分からないほどの変化です。テレ東プラスの記事にも、当時の姿と番組でのやり取りが掲載されています。

小さい頃から社会人までスポーツ刈りに近い短髪だった

おヨネさんは昔からおかっぱだったわけではありません。本人によると、子供の頃はサイドをスポーツ刈りにした、かなり短い髪型を続けていました。

小学生と中学生の頃は美容院へ通っていましたが、高校生になると費用を抑えるために1000円カットを利用していたそうです。社会人になってからも、スポーツ刈りより少し長い程度の短髪を続けていました。

昔の写真で髪が短いのは、一時的なイメージチェンジではなく、長年続けていた髪型だったからです。現在のおかっぱがあまりにも印象的なため、昔から同じ髪型だったと思っていた人には意外な事実ですよね。

現在のおかっぱはデビュー準備中に誕生

現在のおかっぱヘアが生まれたのは、モナキのデビューに向けた準備期間です。事務所スタッフから髪とひげを伸ばしてみるよう提案され、おヨネさんは短髪から髪を伸ばし始めました。

ただし、すぐに現在の髪型へ決まったわけではありません。オールバックや、もみあげだけを巻いたスタイルなどを試した末、縮毛矯正をかけたおかっぱにたどり着きました。

おヨネさんは、現在の髪型について俳優の菅田将暉さんをイメージしているとも語っています。踊ったときに髪を大きく振り乱せるところも気に入っているそうです。ananwebのインタビューでは、子供時代から現在までの詳しい髪型の変化を本人が明かしています。

モナキ・おヨネは何者?プロフィールを紹介

おヨネさんは、純烈のリーダー・酒井一圭さんがプロデュースする男性4人組歌謡コーラスグループ「モナキ」のメンバーです。

幼少期から歌手を夢見ていましたが、大学卒業後は一般企業へ就職しました。その後もオーディションへの応募を続け、会社員から歌手になる夢をかなえた人物です。

基本プロフィール

項目内容補足
活動名おヨネモナキでの名前
読み方およね公式表記
生年月日1997年8月15日しし座
年齢28歳2026年8月12日時点
性別男性公式プロフィール情報
出身地大阪府寝屋川市寝屋川市も紹介
身長172cm公式プロフィール
血液型A型公式プロフィール
職業歌手・アーティストモナキのメンバー
所属G-STAR.PRO2026年時点
レーベル日本クラウン2026年4月デビュー
メンバーカラーイエロー本人が好きな色
出身高校大阪府立四條畷高校寝屋川市公式記事で公表
出身大学龍谷大学本人・寝屋川市の情報
前職生産ラインの保守業務工場勤務経験あり
特技太鼓の達人段位道場9段
家族両親に関する発言あり兄弟姉妹は非公表
結婚公表なし2026年8月時点

おヨネさんは2026年8月15日に29歳の誕生日を迎えます。グループでは最年少ですが、高校時代からテレビの歌番組へ出場していたため、歌に向き合ってきた期間は決して短くありません。

モナキの公式プロフィールでも、高校時代のテレビ出演、大学のアカペラサークル、会社員からオーディションへ応募した経歴が紹介されています。

本名は米田周平?

おヨネさんの昔を調べると、「米田周平」という名前が出てきます。2014年7月30日放送の「THEカラオケ★バトル 夏休みSP!U-18歌うま甲子園」には、高校2年生の米田周平さんが出場していました。

歌った曲は島谷ひとみさんの「亜麻色の髪の乙女」で、年齢や映像、歌唱曲がおヨネさん本人の説明と一致しています。2026年の「あのちゃんの電電電波♪」でも、この出演映像がおヨネさんの高校時代として紹介されました。

このため、少なくとも高校時代に「米田周平」という名前で番組へ出演していたことは確認できます。当時の番組記録には、歌唱得点が93.686点だったことも残されています。

ただし、現在の公式プロフィールでは本名のフルネームを掲載していません。結婚や改名の有無も公表されていないため、「米田周平」は昔の出演時に使われた名前として紹介するのが正確です。

国籍は日本?出身地は大阪府寝屋川市

おヨネさんの出身地は、大阪府寝屋川市です。小学校から大学卒業後の会社員時代まで、関西を生活の拠点としてきました。

モナキは日本の歌謡コーラスグループですが、おヨネさん個人の国籍については公式プロフィールに独立した記載がありません。海外出身やハーフだと本人が語った事実も確認されていません。

独特な活動名や中性的な雰囲気から素性が気になる人もいるようですが、公開情報から分かるのは大阪府寝屋川市出身ということです。

モナキ・おヨネの小学校・中学校・高校時代

おヨネさんは、子供の頃から人前で歌手として活動していたわけではありません。地元の公園で遊び、卓球部に打ち込む一方、歌うことへの憧れを少しずつ大きくしていきました。

小学校、中学校、高校時代の経験をたどると、現在の歌唱力や表現力が突然生まれたものではないことが分かります。

出身小学校は寝屋川市立堀溝小学校

おヨネさんの出身小学校は、寝屋川市立堀溝小学校です。学校から帰ると、「恐竜公園」と呼んでいた深北緑地へ遊びに行っていました。

小さい頃から歌うことが好きで、将来は歌手になりたいという夢を持っていたそうです。一方で、この時期から本格的な芸能活動をしていたという情報はありません。

子供時代の髪型は、サイドを短く刈ったスポーツ刈りでした。現在の長い髪とは対照的で、活発に公園で遊ぶ少年らしい姿だったことがうかがえます。

中学校は寝屋川市立第七中学校

出身中学校は、寝屋川市立第七中学校です。ピンポン球が弾む音を気に入ったことをきっかけに卓球部へ入り、中学3年生では部長を務めました。

歌手への思いが表に出たのも中学生の頃です。学園祭では、同級生のピアノ伴奏に合わせて女性歌手のものまねを披露しました。

おヨネさん自身は、この学園祭を初めて人前で歌った経験として振り返り、歌の原点かもしれないと語っています。現在のステージで女性歌手の曲も自在に歌いこなす姿を見ると、中学生の頃から声域や表現方法を試していたことが分かります。

高校は大阪府立四條畷高校

おヨネさんは大阪府立四條畷高校へ進学し、コーラス部に所属しました。以前はネット上で出身高校が推測されていましたが、2026年7月に公開された寝屋川市の公式記事で学校名が明らかになっています。

高校では、学校の部活動だけでなく、週末になると寝屋川市内のカラオケ喫茶にも通っていました。そこで歌謡曲を覚え、カラオケ店からテレビ番組やオーディションへ応募できることを知ったそうです。

現在のおヨネさんは昭和歌謡にも親しみ、歌謡コーラスグループの一員として活動しています。その土台は、10代の頃に通った地元のカラオケ喫茶で作られていたのですね。

高校2年生で「THEカラオケ★バトル」に出演

高校2年生だった2014年夏、おヨネさんはテレビ東京系「THEカラオケ★バトル」に出場しました。「関ジャニの仕分け∞」のカラオケ企画を見たことも、歌番組へ挑戦するきっかけになったと報じられています。

「THEカラオケ★バトル」では、島谷ひとみさんの「亜麻色の髪の乙女」を歌いました。当時16歳だったおヨネさんは、短髪に眼鏡という現在とは異なる姿ながら、裏声を使った透明感のある高音を披露しています。

結果だけを見れば、この出演をきっかけにすぐ芸能界へ入ったわけではありません。それでも、全国放送で歌った経験は、大学や会社員時代にも歌手の夢を持ち続ける大きな支えになったのではないでしょうか。

モナキ・おヨネの大学・会社員時代

高校卒業後のおヨネさんは、すぐにプロの歌手になる道を選ばず、大学へ進学しました。大学でも歌から離れることはなく、アカペラを通じて複数人で声を合わせる経験を重ねています。

大学卒業後は工場で働きましたが、会社員生活の間もオーディションへの応募を続けていました。

大学は龍谷大学でアカペラサークルに所属

おヨネさんの出身大学は龍谷大学です。大学ではアカペラサークルに所属し、楽器を使わず、声だけでハーモニーを作る技術を磨きました。

高校時代まではカラオケで一人の歌唱力を試す機会が中心でしたが、大学では周囲の声を聞きながら歌う経験が加わっています。現在のモナキでコーラスを担当するうえでも、大学時代の活動は大きな下地になっているはずです。

大学時代のサークルの後輩からもらったチェックシャツを、大切な物として現在も保管していることも明かしています。卒業してからも後輩との思い出が残る品を大事にしているところには、おヨネさんの人とのつながりを大切にする一面が表れています。

大学卒業後は工場で生産ラインの保守を担当

大学卒業後、おヨネさんは一般企業へ就職しました。工場の生産ラインで発生するトラブルへの対応や、設備の保守に関わる技術系の仕事を担当しています。

華やかな歌手の仕事とは大きく異なりますが、おヨネさんは将来音楽活動を始めるために働きながらお金を貯めていました。仕事を続ける一方で、応募できるオーディションを見つけては積極的に挑戦しています。

「高校時代にテレビへ出たものの、そのままデビューできなかった」という経験だけで夢を諦めなかったところに、おヨネさんの粘り強さが見えます。会社員だった時間も、歌手になるまでの空白期間ではなく、次の挑戦を準備していた時期だったのでしょう。

26歳まで寝屋川市の実家で生活

おヨネさんは26歳まで寝屋川市の実家で暮らしていました。食事や買い物に困らず、自転車で移動しやすい地元の生活を気に入っていたそうです。

モナキへの加入が決まり、芸能活動のために上京する際、両親は当初その進路を心配していました。それでも最後には「頑張ってこいよ」と背中を押してくれたことを、おヨネさんが明かしています。

兄弟姉妹の有無や両親の職業など、詳しい家族構成は公表されていません。また、2026年8月時点で結婚や子供について本人から発表された事実も確認できません。

モナキ加入のきっかけと現在までの経歴

おヨネさんが歌手になる転機をつかんだのは、会社員として働いていた2023年です。カラオケ店で「酒井一圭プロデュース セカンドチャンスオーディション」の告知を見つけました。

純烈の弟分を募集する内容だったため、当初は外見に自信がなく、自分が選ばれるとは思えなかったそうです。しかし、「個性的な人を求めている」という酒井一圭さんの発言を知り、応募を決意しました。

女王蜂の楽曲を歌いオーディションに合格

オーディションには約1000人が応募しました。歌謡曲を選ぶ参加者が多い中、おヨネさんはロックバンド・女王蜂の楽曲を選び、声や表情が大きく変わる個性的なパフォーマンスを見せています。

審査した酒井一圭さんは、歌い始めた瞬間のおヨネさんの変化に注目しました。歌唱力の高い応募者や整った外見の応募者がいる中で、「世間に放り込んでみたい」と思わせる存在だったと語っています。

おヨネさん本人は、合格前に自分の外見を「ちんちくりん」と表現し、不安を感じていました。酒井一圭さんから「お前はお前のままでええねん」と言われ、現在ではメンバーの中で唯一、外見のセルフプロデュースを任されています。デイリースポーツのインタビューからも、おヨネさんが個性を強みに変えていった過程が分かります。

2025年11月にモナキのメンバーとしてお披露目

セカンドチャンスオーディションが発表されたのは2023年10月です。その後、歌やダンスのレッスンを重ね、2025年11月26日の純烈コンサートで、じんさん、サカイJr.さん、ケンケンさんとともにモナキのメンバーとしてお披露目されました。

おヨネさんにはダンス経験がなく、上京後は自宅に鏡を購入して何度も振り付けを練習しました。すぐにデビューできる保証がない中でのレッスンだったため、本当に歌手になれるのか不安を感じた時期もあったそうです。

高校時代のテレビ出演から、大学、会社員生活、オーディション、長い準備期間を経てのデビューです。突然現れた話題の新人に見えますが、昔から続けてきた挑戦が、ようやく形になった結果だと分かります。

2026年4月にメジャーデビュー

モナキは2026年4月8日、日本クラウンから「ほんまやで☆なんでやねん☆しらんけど」でメジャーデビューしました。デビュー前からダンス動画がSNSで広がり、同年7月までに関連動画の総再生回数は17億回を超えています。

おヨネさんは、おかっぱヘアを揺らしながら疑問、悔しさ、とぼけた表情を次々と見せるパフォーマンスで注目されました。「あのちゃんの電電電波♪」では、曲に合わせた表情管理や、メロディーを変化させて歌うフェイクも特技として披露しています。

昔の短髪時代と比べると外見は大きく変わりましたが、高校時代から高音を得意としていた点は変わっていません。見た目の個性だけで話題になったのではなく、長年磨いてきた歌唱力があるからこそ、強いパフォーマンスが成立しているのでしょう。

モナキ・おヨネの性格と2026年現在の活動

おヨネさんは、テレビでは自由で予想のつかない発言をする人物として扱われています。一方、共演者やメンバーの発言からは、環境の変化を受け入れながら、必要な練習を続けられる人物像も見えてきます。

現在は歌手活動だけでなく、バラエティ番組への出演やSNSでの発信にも力を入れています。

メンバーからは精神的に図太いと評価

モナキのじんさんは、おヨネさんについて、繊細そうに見えて実はメンバーの中で最も精神的に図太く、環境が変わっても楽しめる人物だと語っています。おヨネさん自身も、モナキのメンバーと一緒にいると、ありのままでいられると話しました。

会社員から芸能界へ移り、短髪からおかっぱへ変え、未経験だったダンスにも挑戦しています。こうした歩みを見ると、周囲の提案を受け入れるだけでなく、その中で自分の見せ方を見つける柔軟さがあるように感じられます。

現在の自由なキャラクターだけを見ると、生まれつき何でも大胆にできる人物に見えるかもしれません。しかし、昔の経歴まで知ると、挑戦を繰り返す中で少しずつ自信を身につけてきた人物だという印象に変わります。

表情豊かなパフォーマンスは自分で作り上げた

「ほんまやで☆なんでやねん☆しらんけど」で見せる大きな表情は、最初からすべて決められていたものではありません。おヨネさんは、リリースイベントで観客の反応を確かめながら、表情や動きを変化させていきました。

以前は自分の外見に関心や自信がなく、服は着られればよいと考えていたそうです。芸能活動を始め、自分の見た目を高めることが、モナキを知ってもらう入口になると意識するようになりました。

現在のおかっぱや表情管理は、単なる事務所の演出ではありません。提案を受けて試行錯誤しながら、おヨネさん自身が育ててきた表現の一つです。

2026年8月には初のZeppツアーを開催

2026年8月現在、モナキはテレビ、ラジオ、イベントなど幅広く活動しています。おヨネさんは歌手とバラエティの両方で活躍する存在を目指し、酒井一圭さんからも「第2のあのちゃん」になってほしいと期待されています。

8月18日のZepp Namba、19日のZepp Nagoya、24日のZepp Hanedaでは、初のライブツアー「モナキやで☆しらんけど」が開催されます。詳しい日程はモナキ公式サイトで発表されています。

おヨネさんが掲げている目標は、日本レコード大賞の新人賞やNHK紅白歌合戦への出場です。会社員時代から作曲にも取り組んでおり、将来は自作曲をアルバムへ収録したいという夢も語っています。

モナキ・おヨネの昔に関するまとめ

  • モナキ・おヨネの昔は、眼鏡をかけた短髪の高校生だった
  • 高校時代の映像は2026年7月の「あのちゃんの電電電波♪」で公開された
  • 子供の頃から社会人時代まで、スポーツ刈りに近い短髪を続けていた
  • 出身小学校は寝屋川市立堀溝小学校
  • 出身中学校は寝屋川市立第七中学校で、卓球部の部長を務めた
  • 中学校の学園祭で初めて人前に立ち、女性歌手のものまねを披露した
  • 出身高校は大阪府立四條畷高校で、コーラス部に所属していた
  • 高校2年生の夏に「THEカラオケ★バトル」へ出演し、「亜麻色の髪の乙女」を歌った
  • 昔の出演時には「米田周平」という名前が使われていた
  • 龍谷大学ではアカペラサークルに所属し、歌唱力を磨いた
  • 大学卒業後は工場で生産ラインの保守に関わる仕事をしていた
  • 会社員時代もオーディションへの応募を続け、約1000人の中からモナキに選ばれた
  • 現在のおかっぱは、デビュー準備中に髪を伸ばして縮毛矯正をかけたことで誕生した
  • 2026年4月8日にモナキとしてメジャーデビューし、8月には初のZeppツアーを開催する

モナキ・おヨネさんは、突然現れた個性派メンバーではありません。眼鏡をかけた短髪の高校生だった頃から歌手を夢見て、大学や会社員生活を経ても歌い続けた人物です。昔の姿と現在の変化を知ると、おかっぱヘアの奥にある長い積み重ねにも注目したくなりますね。

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