ロックバンド「BREAKERZ」のボーカルとして活動し、司会やバラエティー番組でも親しまれているDAIGOさん。母方の祖父が竹下登元首相であることは有名ですが、父親がどのような人物なのかは意外と知られていません。
DAIGOさんの父親は、元毎日新聞政治部記者の内藤武宣さんです。新聞記者を辞めて衆議院議員選挙へ立候補した後、義父にあたる竹下登さんの秘書を務めました。父親の現在の年齢や顔写真、DAIGOさんとの関係も気になるところですよね。
この記事では、父・内藤武宣さんの職業や政治との関わり、早稲田大学空手部での経歴を詳しく紹介します。さらに、母・内藤まる子さんや兄姉を含む家族構成、「大吾の父親」と調べたときにメンタリストDaiGoさんの情報が混ざる理由まで、一つずつ分かりやすく見ていきます。
DAIGOの父親は内藤武宣|職業・年齢や顔写真を解説
DAIGOさんの父親について、特に気になるのは次のような点です。
- DAIGOさんの父親は誰なのか
- 竹下登元首相とはどのような関係なのか
- 父親はどのような仕事をしていたのか
- 現在の年齢はいくつなのか
- 顔写真は公開されているのか
- 空手や選挙に関する経歴
- DAIGOさんとの親子関係
まずは、父・内藤武宣さんがどのような人物なのか詳しく見ていきましょう。
DAIGOの父親は内藤武宣!竹下登元首相ではない
結論からいうと、DAIGOさんの父親は内藤武宣さんです。
内藤武宣さんは、毎日新聞の政治部記者を経て、政治家秘書などを務めた人物です。名前の読み方は「ないとう・たけのぶ」で、DAIGOさんも公式ブログやSNSで父親を「武宣」と紹介しています。
DAIGOさんといえば、竹下登元首相の孫として知られています。そのため、家族関係をよく知らない人から、竹下登さんが父親だと思われることもあるようです。
しかし、竹下登さんはDAIGOさんの母方の祖父です。父・内藤武宣さんが竹下登さんの次女と結婚したことで、内藤家と竹下家がつながりました。
家族関係を簡単に示すと、次のようになります。
| DAIGOとの関係 | 名前 | 主な情報 |
|---|---|---|
| 父 | 内藤武宣さん | 元毎日新聞政治部記者、竹下登さんの秘書 |
| 母 | 内藤まる子さん | 竹下登さんの次女 |
| 母方の祖父 | 竹下登さん | 第74代内閣総理大臣 |
| 兄 | 内藤博文さん | 一般人 |
| 姉 | 内藤栄子さん | 漫画家・影木栄貴として活動 |
| 本人 | 内藤大湖さん | DAIGOとして音楽・芸能活動 |
DAIGOさんの祖父が元総理大臣という家系はよく話題になりますが、父・内藤武宣さんも報道と政治の両方を経験した、かなり個性的な経歴の持ち主です。
父・内藤武宣のプロフィール
内藤武宣さんの基本プロフィールは、次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
| 名前 | 内藤武宣 | 読み方は「ないとう・たけのぶ」 |
| 生年月日 | 1938年7月17日 | DAIGOさんが公式ブログで公表 |
| 年齢 | 87歳 | 2026年6月22日時点 |
| 出身地 | 福岡県 | 故郷の福岡から選挙へ立候補 |
| 出身大学 | 早稲田大学 | 在学中は空手部に所属 |
| 主な職歴 | 新聞記者・政治家秘書 | 毎日新聞政治部などで活動 |
| 選挙歴 | 衆議院議員選挙に立候補 | 1972年の選挙で落選 |
| 空手歴 | 稲門空手会第5代会長 | 早稲田大学空手部のOB組織 |
| 妻 | 内藤まる子さん | 竹下登さんの次女 |
| 子供 | 2男1女 | DAIGOさんは次男 |
内藤武宣さんは、1938年7月17日生まれです。2018年7月17日にDAIGOさんが父親の80歳の誕生日を公式ブログで祝っているため、2026年6月22日時点では87歳となります。
2026年7月17日には、88歳の米寿を迎える年齢です。DAIGOさんは父親の誕生日や結婚記念日をたびたび祝っており、家族で節目を大切にしている様子が伝わってきます。
父親の職業は元毎日新聞政治部記者
内藤武宣さんは、早稲田大学を卒業した後、毎日新聞社へ入社しました。
所属していたのは政治部です。政治部記者は、国会や首相官邸、政党、政治家などを取材し、政策や政局の動きを伝える仕事を担います。
内藤武宣さんは、組閣人事をスクープする特ダネ記者の一人として知られていました。空手の実力者だったことから、社内では名前の「武宣」を音読みにした「ナイトウブセン」と呼ばれていたという話もあります。
DAIGOさんの穏やかな話し方や、目上の人に対する丁寧な振る舞いを見ると、政治や報道の世界で働いた父親の影響を感じる人もいるかもしれません。
父と息子では進んだ道が大きく異なりますが、人前に出て言葉を伝える仕事をしている点には、不思議な共通点がありますね。
毎日新聞を辞めて衆議院議員選挙へ立候補
内藤武宣さんは、新聞記者を続けるだけでなく、自ら政治家を目指した経験もあります。
1972年に毎日新聞社を退職し、同年12月に行われた第33回衆議院議員総選挙へ、故郷の福岡1区から立候補しました。
当時の福岡1区には、後に自民党幹事長や副総裁を務める山崎拓さんも立候補しています。内藤武宣さんは当選には届きませんでした。
安定した新聞記者の仕事を辞めて選挙へ挑戦するのは、かなり大きな決断だったはずです。政治を取材する側から、自ら有権者の審判を受ける側へ回ったことになります。
ネット上では「DAIGOさんの父親も政治家だった」と紹介される場合がありますが、国会議員を務めた経歴はありません。正確には、衆議院議員選挙へ立候補したものの落選しています。
選挙後は義父・竹下登の秘書を務めた
衆議院議員選挙で落選した後、内藤武宣さんは義父である竹下登さんの秘書を務めました。
竹下登さんは、1987年11月から1989年6月まで第74代内閣総理大臣を務めた政治家です。消費税を導入した首相として知られ、昭和から平成へ元号が変わった時期にも政権を担っていました。
内藤武宣さんは毎日新聞の政治部で取材経験を積んでいたため、政治家を支える秘書の仕事にも、その知識や人脈を生かしていたのでしょう。
政治を取材する新聞記者、自ら当選を目指す候補者、政治家を支える秘書と、内藤武宣さんは異なる立場から政治の世界に関わっています。
竹下登さんの娘婿という家族関係だけではなく、仕事の面でも竹下登さんを支えた人物でした。
父親の現在の年齢は87歳
内藤武宣さんは、2026年6月22日時点で87歳です。
DAIGOさんは2018年、父親が80歳になったことを公式ブログで報告しました。内藤家で80歳を超えた人がいなかったことにも触れ、父親が長生きしてくれた喜びを率直につづっています。
ブログでは、「父親の存在って偉大だなと思います」「親孝行できるうちにもっとしたい」と、息子としての思いも明かしていました。
2026年の父の日には、DAIGOさんが長女からビー玉を3個もらい、「サンキュー!3球!!」とSNSへ投稿しています。その投稿では、自分の父親にも電話したことを明かしました。
内藤武宣さんの詳しい近況は公表されていませんが、2026年6月にも父子の交流が続いていることが分かります。DAIGOさん自身が父親になった現在も、自分の父を大切にしているところが印象的です。
父親の顔写真は公開されている
内藤武宣さんの顔写真は、DAIGOさんの公式ブログやInstagramで公開されたことがあります。
2018年に父親が80歳を迎えた際には、DAIGOさんが父親と並んだツーショット写真を掲載しました。父・武宣さんと母・まる子さんの結婚記念日を祝った投稿でも、両親とDAIGOさんの写真が紹介されています。
内藤武宣さんは芸能人ではありませんが、新聞記者や政治家秘書として活動してきた人物でもあり、顔が完全に非公開というわけではありません。
写真を見ると、内藤武宣さんは落ち着いた雰囲気で、穏やかな表情が印象に残ります。DAIGOさんと並んだ姿から、目元や顔立ちに親子らしさを感じる人もいるはずです。
父親の画像を確認したい場合は、転載された写真だけでなく、DAIGOさん本人の公式ブログやSNS投稿を見ると分かりやすいでしょう。
父親は早稲田大学空手部出身
内藤武宣さんには、新聞記者や政治家秘書とは別に、空手家としての一面もあります。
早稲田大学在学中は空手部に所属し、卒業後も空手との関係を長く続けました。
早稲田大学空手部のOB組織である「稲門空手会」では、2003年から2006年まで第5代会長を務めています。稲門空手会は、早稲田大学空手部の卒業生が現役部員や組織の活動を支える団体です。
内藤武宣さんは空手に関する著書も手がけており、毎日新聞社内でも空手の実力者として知られていました。
政治部記者として情報を追い続ける一方、武道にも本格的に取り組んでいたことになります。かなり行動力のある人物だったことが伝わってきますね。
父親は病気や手術を経験していた
DAIGOさんは、父・内藤武宣さんが過去に大きな病気や手術を経験したことも明かしています。
2018年の公式ブログでは、父親が大病を患いながら80歳を迎えたことへの喜びをつづっていました。
2021年には、父親が79歳のときに、がんの手術を1年間で3回受けたことをInstagramで明かしています。その投稿時点では、手術から4年が経過し、再発していないとも報告していました。
その後の詳しい健康状態や治療内容については、継続的に公表されているわけではありません。
ただ、2026年の父の日にもDAIGOさんが父親へ電話しており、現在も親子の交流が続いています。病気を経験したからこそ、DAIGOさんが父親の誕生日や長寿を特別に喜んでいることが伝わります。
父親は厳格だった?DAIGOとの親子関係
内藤武宣さんは、新聞記者や政治家秘書として働き、空手にも長く打ち込んできました。
こうした経歴から、厳格で礼儀を重んじる父親だったという印象を持つ人も多いようです。
一方、DAIGOさんは学生時代から音楽活動を始め、ロックミュージシャンの道を選びました。政治や報道に関わってきた父親とは、まったく異なる世界です。
音楽活動を始めてもすぐに成功したわけではなく、DAIGOさんには長い下積み時代がありました。それでも音楽の道を続け、2007年にBREAKERZを結成しています。
父親としては心配することもあったはずですが、最終的には息子が選んだ道を支えていたのでしょう。DAIGOさんが40歳を迎えたときに「父親の存在って偉大」と語っていることからも、父への尊敬が伝わります。
DAIGOの父と家族の関係|母・竹下登や兄姉も解説
父・内藤武宣さんの人物像を知るうえでは、竹下家を含む家族構成も欠かせません。
ここからは、次のポイントを見ていきます。
- 母・内藤まる子さんはどのような人物なのか
- 竹下登元首相との家族関係
- DAIGOさんの兄や姉
- DAIGOさん自身が父親になった現在
- 「大吾の父親」と調べた際に別人が出る理由
- DAIGOさんの現在の活動
母は竹下登の次女・内藤まる子
DAIGOさんの母親は、内藤まる子さんです。
まる子さんは、竹下登さんの次女として生まれ、内藤武宣さんと結婚しました。夫婦の間には、長男の博文さん、長女の栄子さん、次男の大湖さんという2男1女がいます。
次男の内藤大湖さんが、現在のDAIGOさんです。
DAIGOさんは、父・武宣さんと母・まる子さんの結婚記念日をSNSで祝っています。2018年には、両親が48回目の結婚記念日を迎えたことや、父の傘寿と母の古希を家族で祝ったことを紹介しました。
特別に派手な行事ではなく、家族で集まって食事をし、ケーキや花を用意したそうです。こうしたエピソードからも、内藤家の仲の良さが伝わってきます。
竹下登元首相はDAIGOの母方の祖父
DAIGOさんの母方の祖父は、第74代内閣総理大臣を務めた竹下登さんです。
竹下登さんは島根県出身の政治家で、大蔵大臣や内閣官房長官などを経て、1987年に総理大臣へ就任しました。
DAIGOさんは幼い頃、毎週日曜日に祖父の家へ行くことが家族の習慣だったと語っています。多忙な政治家だった竹下登さんですが、孫と相撲を取ったり、スキーへ出かけたりすることもあったそうです。
DAIGOさんは竹下登さんにとって、最後に生まれた孫でした。そのため、「一番かわいがられた孫だったと思う」と振り返ったこともあります。
テレビで見せるDAIGOさんの明るい印象からは想像しにくいかもしれませんが、幼少期から政治家や関係者が身近にいる環境で育っていました。
DAIGOの姉は漫画家・影木栄貴
DAIGOさんの姉は、漫画家の影木栄貴さんです。
影木栄貴さんの本名は内藤栄子さんで、漫画家や漫画原作者として活動しています。DAIGOさんより7歳年上です。
影木栄貴さん自身も公式ブログで、本名や家族関係を公表しています。祖父が竹下登元首相、弟がDAIGOさんであることを明かし、家族にまつわるエピソードを紹介することもあります。
姉は漫画、弟は音楽や芸能活動と、それぞれ異なる表現の道へ進みました。
政治家一家の孫でありながら、姉弟がそろってエンターテインメントの世界で活動しているところも興味深いですね。
兄・内藤博文は一般人
DAIGOさんには、姉のほかに兄もいます。
兄の名前は内藤博文さんです。芸能活動はしておらず、現在の仕事や詳しいプロフィールは広く公表されていません。
毎日新聞出版の記事では、内藤武宣さんの長男がJRAの幹部になっていたと紹介されています。
内藤家の子供は、長男・博文さん、長女・栄子さん、次男・大湖さんの3人です。DAIGOさんは末っ子にあたります。
兄の博文という名前は初代内閣総理大臣の伊藤博文、姉の栄子という名前は佐藤栄作元首相など、政治家にちなんで竹下登さんが名付けたとDAIGOさんが語っています。
一方、末っ子の大湖という名前は両親が付けました。「大きな湖のように広い心を持つ人になってほしい」という思いが込められた名前だと紹介されています。
DAIGO自身も現在は2児の父親
DAIGOさんは2016年1月、俳優の北川景子さんと結婚しました。
2020年9月に第1子となる長女、2024年1月には第2子となる長男が誕生しています。現在は2児の父親です。
2025年には「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」の芸能部門を受賞し、子育てや妻への感謝を語りました。
子供を育てる立場になったことで、自分の両親への見方も変わったのではないでしょうか。父・武宣さんと母・まる子さんが、どのような思いで3人の子供を育てたのか、以前より強く感じているはずです。
2026年の父の日には、娘から3個のビー玉をもらい、「サンキュー!3球!!」と投稿しました。自分が父の日を祝ってもらう一方で、父・武宣さんにも電話しています。
父から息子へ、そして息子から孫へと家族のつながりが受け継がれているところが印象的ですね。
「大吾の父親」は松丸悟?メンタリストDaiGoとの違い
「大吾の父親」と調べると、歌手のDAIGOさんではなく、メンタリストDaiGoさんの家族情報が表示されることがあります。
これは、メンタリストDaiGoさんの本名が「松丸大吾」だからです。
2人の違いは次のとおりです。
| 活動名 | 本名 | 父親 |
| 歌手・タレントのDAIGO | 内藤大湖 | 内藤武宣さん |
| メンタリストDaiGo | 松丸大吾 | 松丸悟さん |
歌手のDAIGOさんは、BREAKERZのボーカルで、北川景子さんの夫としても知られています。
一方、メンタリストDaiGoさんは松丸4兄弟の長男です。父親は松丸悟さんで、謎解きクリエーターの松丸亮吾さんも兄弟にあたります。
さらに、お笑いコンビ「千鳥」の大悟さんもいるため、「ダイゴの父」とだけ入力すると、複数の人物の情報が混ざりやすくなっています。
今回紹介しているのは、歌手・タレントのDAIGOさんの父親である内藤武宣さんです。漢字の「大吾」と、本名の「大湖」の違いも、混同される理由の一つですね。
DAIGOは現在も音楽や司会で活躍
DAIGOさんは1978年4月8日生まれで、2026年6月現在48歳です。
2003年に「DAIGO☆STARDUST」としてメジャーデビューし、2007年にAKIHIDEさん、SHINPEIさんとBREAKERZを結成しました。
現在もBREAKERZのボーカルとして音楽活動を続けています。2026年には、バースデーライブや結成19周年ライブ、全国ツアーなどが予定されています。
芸能活動では、『DAIGOも台所~きょうの献立 何にする?~』をはじめ、競馬番組や情報番組などにも出演しています。
父・内藤武宣さんとは進んだ道が異なりますが、幅広い人と関わり、言葉で情報を伝える仕事をしている点には共通する部分があります。
厳格な父親のもとで育ったDAIGOさんが、現在は優しく親しみやすい父親として子供たちと接しているところも、ファンが注目する理由の一つです。
DAIGOの父・内藤武宣に関するまとめ
- DAIGOさんの父親は内藤武宣さん
- 竹下登元首相は父親ではなく、母方の祖父
- 内藤武宣さんは1938年7月17日生まれ
- 2026年6月22日時点の年齢は87歳
- 早稲田大学卒業後、毎日新聞の政治部記者として活動した
- 組閣人事をスクープする特ダネ記者として知られていた
- 1972年の衆議院議員選挙へ福岡1区から立候補したが落選した
- 選挙後は義父・竹下登さんの秘書を務めた
- 早稲田大学空手部出身で、稲門空手会第5代会長を務めた
- DAIGOさんの公式ブログやSNSで顔写真が公開されている
- 妻は竹下登さんの次女・内藤まる子さん
- 子供は長男・博文さん、長女・栄子さん、次男・大湖さんの2男1女
- 「大吾の父親」はメンタリストDaiGoさんの父・松丸悟さんを指す場合がある
- DAIGOさん自身も北川景子さんとの間に2人の子供がいる
DAIGOさんの父・内藤武宣さんは、新聞記者、選挙への立候補、政治家秘書、空手家と、複数の分野で経験を重ねてきた人物です。
竹下登元首相の存在が大きく取り上げられやすい家族ですが、父・内藤武宣さんの経歴もかなりドラマチックです。DAIGOさんが家族を大切にする姿には、父親から受け継いだものもあるのかもしれません。















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